AI CoE立ち上げと生成AI活用推進担当の1年目|求人票29件から分解した仕事とKPI
生成AI活用推進・AI CoEの担当は1年目に何をするのか。求人票29件の業務と応募資格を分解し、IPA・経済産業省・デジタル庁の資料と突き合わせて、体制、進め方、人とAIの役割分担、ガバナンス、教育、KPIの置き方を整理しました。
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この記事の要点
- 推進役の仕事の中心は、AIを入れることより「現場で使われ続ける状態」をつくること。求人票には、聞き取り・導入・定着と、その間の調整が並ぶ。
- 成果の測り方を業務に書いた求人は10件中2件だけ。KPIは渡されないので、1年目の早いうちに「利用・業務・事業」の3段で自分で置く。
- 体制は情報システム部門との兼務と経営のスポンサーから始め、相談の線引きと台帳でガバナンスを回す。
推進役の仕事の流れ(求人票から)
その間ずっと:部門・ベンダーとの調整(10件中8件)
書かれていなかったこと:効果の測り方(10件中2件)→ 1年目に自分で置く
当社調べ(2026年9月24日に求人サイト4つの検索結果1ページ目を取得。分類は当社が本文を読んで判断)。業務内容を全文読めた10件で数えた(1件が複数に当てはまる)
生成AIの活用推進やAI CoE(Center of Excellence:AI活用を組織全体で後押しする中核のチーム)の担当になった人が1年目にする仕事は、求人票を読むかぎり、AIを入れることよりも、入れたAIが現場の業務で使われ続ける状態をつくることに重心があります。当社が2026年9月24日に求人サイト4つで集めた「生成AI活用推進」の検索結果81件のうち、自社の中でAI活用を推し進める役割は、同じ求人の重複を除いて29件ありました。
一方で、成果の測り方(KPI・効果測定)を業務として書いていた求人は、10件のうち2件でした。KPIは会社から渡されるものではなく、担当者が1年目の早い時期に自分で置くものだと読むのが自然です。情報処理推進機構(IPA)の「DX動向2026」でも、DXに取り組む企業のうち成果指標を定めているのは23.9%にとどまり、定めていない理由として最も多かったのは「評価指標の設定方法がわからない」(36.0%)でした。
この記事では、求人票から分解した仕事の中身を、IPA・経済産業省・デジタル庁などの公開資料と、AIベンダーの公式ドキュメントに突き合わせます。そのうえで、1年目の進め方、人とAIの役割分担、ガバナンス、教育、KPIの置き方を順に整理します。大企業のマーケティング・企画・情報システム部門で推進役を任された方、これから任される方を読み手に想定しています。
求人票81件から見た、AI活用推進担当の仕事
集めたのは、求人サイトごとの検索結果の1ページ目です。題名や本文に「生成AI」と「活用推進」が入っている求人でも、中身はさまざまでした。そこで1件ずつ読み、自社の中でAI活用を進める役割、顧客企業のAI活用を支援する側の役割、そのどちらでもないもの、の三つに分けました。
集めた求人81件(行)の内訳
同じ求人の重複6組を除くと、社内の推進役は29件
当社調べ(2026年9月24日に求人サイト4つの検索結果1ページ目を取得。分類は当社が本文を読んで判断)
分類ごとの中身を見る
| 分類 | 件数 | 主な中身 |
|---|---|---|
| 社内でAI活用を推進する役割 | 35行 (重複6組を除き29件) | 生成AI活用推進の担当、AI推進室、社内DX推進、社内SEとの兼務など |
| 顧客企業のAI活用を支援する側 | 27行 | AIコンサルタント、SIerのプロジェクトマネージャー、派遣・常駐の技術者など |
| 対象外 | 19行 | AIを使った製品やシステムの開発、AI製品の営業・カスタマーサクセス、広報、採用、物流の自動化など |
調べ方
2026年9月24日に、求人ボックス(検索語「生成AI 活用推進 社内」、25行)、スタンバイ(「生成AI活用推進」、26行)、Wantedly(「生成AI 活用推進」、10行)、Green(「生成AI 活用推進」、20行)の検索結果1ページ目を取得しました。同じ求人が別の経路で2回出ているものは1件に数えています。社内の推進役29件のうち、業務内容まで全文読めたのは10件、抜粋だけ読めたのが14件、題名程度しか読めなかったのが5件です。検索結果の上位を集めたものなので、求人市場全体の割合を表すものではありません。分類は当社が本文を読んで判断しました。社名は出していません。
題名を見ると、「AI CoE」の名前を掲げた求人は29件中1件だけでした。多くは「生成AI活用推進」や「DX推進」の名前で募集されていて、29件中10件は題名に「社内SE」(院内SEを含む)が入っています。本文で情報システム部門への所属や社内ITインフラの担当を明記した2件を加えると12件になり、4割ほどが情報システム部門の仕事と一体で募集されていました。題名に営業やマーケティングの部門・領域が入っていたものは2件です。
業務の中心は「聞き取り・導入・定着」、効果測定は10件中2件
業務内容を全文読めた10件について、書かれていた仕事を九つのまとまりに分けて数えました。1件の求人が複数のまとまりに当てはまるため、合計は10を超えます。
推進役の求人に書かれていた仕事(業務内容を全文読めた10件のうち)
1件が複数に当てはまるので、合計は10を超える
当社調べ(2026年9月24日に求人サイト4つの検索結果1ページ目を取得。分類は当社が本文を読んで判断)
まとまりごとの仕事の中身を見る
| 業務のまとまり | 10件のうち | 求人票に書かれていた仕事(要約) |
|---|---|---|
| ツールの選定・導入・実装 | 9件 | 使う基盤の選定、RAG(社内文書を参照させる仕組み)やワークフローの構築、簡易ツールや自動化の開発、Copilotなどの社内展開 |
| 現場の課題の聞き取りとテーマ選び | 8件 | 各部門へのヒアリング、業務課題の分析、取り組むテーマやユースケースの選定 |
| 定着・社内展開・事例の発信 | 8件 | 活用事例の収集と発信、ポータルやナレッジの整備、社内への展開、定着の支援 |
| 部門・ベンダーとの調整と進行管理 | 8件 | 施策の合意形成、プロジェクト計画と進捗の管理、ユーザー部門とIT部門の調整、ベンダーと組んだ構築 |
| 研修・育成 | 6件 | 研修の企画と講師、人材育成の施策づくり、定着のためのマニュアル整備 |
| 利用ルール・ガバナンス | 4件 | 社内ガイドラインの整備、利用ルールの策定と運用 |
| データの整備 | 3件 | 生成AIに使う社内データの整備、文書などの非構造化データの管理 |
| 情報システム業務の兼務 | 3件 | 社内システムの運用管理、IT相談の一次対応 |
| 効果測定・KPI | 2件 | 事前に決めたKPIでの効果測定、実績の検証とモニタリング |
件数の多い四つをつなげると、この役割の仕事の流れが見えてきます。現場で困りごとを聞き、使う道具を選んで入れ、使い方を広めて根づかせ、その間ずっと部門やベンダーとの調整を続ける、という流れです。技術の深さは求人によって差が大きく、コーディングエージェントでの試作や簡易なプログラミングを求めるものもあれば、ツールの展開と社内調整が中心のものもありました。
気になるのは図のいちばん下です。10件のうち、効果をどう測るかを業務に書いていたのは2件でした。抜粋や題名しか読めない求人を含めた29件に広げても、成果の測り方に触れていたのは3件(うち1件は歓迎要件の中)です。
応募資格は「推進した経験」と「生成AIを業務で使った経験」
応募資格が読める14件では、次の経験が求められていました。こちらも1件が複数に当てはまります。
応募資格で求められていた経験(応募資格が読める14件のうち)
研修とKPIは、業務にはあっても応募資格には無い
当社調べ(2026年9月24日に求人サイト4つの検索結果1ページ目を取得。分類は当社が本文を読んで判断)
研修は10件中6件で業務に入っているのに、研修の設計や講師の経験を必須にした求人はありませんでした。KPIも同じで、業務にもほとんど書かれず、経験としても求められていません。採用された人は、教育と効果測定を着任してから組み立てることになります。この記事の後半で、この二つを公開資料に沿って厚めに扱うのはそのためです。
製品名で見ると、29件のうちMicrosoftのCopilot(Copilot Studioなどを含む)が出てくる求人が5件で最も多く、ChatGPTとClaudeが3件、Geminiが2件でした。
求人票に書かれた課題は、公的調査の数字と重なる
募集の理由や役割の説明を読むと、29件のうち少なくとも4件が、同じ課題を別々の言葉で書いていました。生成AIの利用が、個人や一部の詳しい人の使い方、局所的な効率化、単発の試行にとどまっていて、それを組織全体の業務の中で使われ続ける状態に移したい、という課題です。
この課題は、IPAの「DX動向2026」(2026年4〜6月に国内企業1,799社から回答)の数字と重なります。生成AIを導入・試験利用・検討している企業に組織での利用状況を尋ねた設問では、「個人で業務利用している」が63.3%だったのに対し、部署の業務プロセスへの組み込みは11.9%、全社的なサービスへの組み込みは18.6%でした(図表3-6)。AIの導入・運用上の課題では、専門人材の不足(50.1%)、生成AIの効果やリスクへの理解不足(45.8%)、利用を管理するルールや基準づくりの難しさ(39.7%)が上位に並びます(図表3-16)。
生成AIの組織での使い方(導入・試験利用・検討している企業)
個人の利用は進んでいるが、業務や全社の仕組みへの組み込みは少ない
出典:IPA「DX動向2026」図表3-6
効果の出方にも同じ傾向があります。同じ調査で、AIを導入・試験利用している企業のうち、効果が「期待以上」「期待どおり」だったのは合わせて31.8%で、「一定の効果はあった」が50.6%でした(図表3-13)。効果があった企業にその中身を尋ねると、業務の効率化・迅速化が91.6%と大半を占め、「売上や利益が向上した」は3.9%です(図表3-14)。推進役を置く会社が求人票で解こうとしているのは、人材・理解・ルールが足りず、使い方が個人にとどまり、効果が見えにくい、というこの状態だと読めます。
体制は情報システム部門との兼務と、経営の後ろ盾から始まる
AI活用を誰が率いているかを、「DX動向2026」がAIを導入・試験利用・検討している企業に尋ねた設問では、「IT部門の長」が46.0%で最も多く、「経営層」が32.1%、導入や利活用をする現場の長が27.5%でした。CAIO(最高AI責任者)は2.9%、CAIO以外の専任者は9.8%です(図表3-23)。求人票で4割ほどが情報システム部門の仕事と一体だったことと合わせると、専任の組織を最初から置く会社はまだ少なく、情報システム部門の延長で始めるのが、いま最も多い形です。
AI活用を率いている人(AIを導入・試験利用・検討している企業)
出典:IPA「DX動向2026」図表3-23
AI CoEを立ち上げるときの組み方は、マイクロソフトのクラウド導入の手引き(Cloud Adoption Framework)にあるAI CoEの作り方が参考になります。この手引きはAI CoEを、AIの成果を後押しする社内の専門家チームで、ばらばらで統制のないAI導入を防ぐものと位置づけ、次の順で組むよう勧めています。
- 経営幹部のスポンサーを確保し、スポンサーとの進捗レビューを毎月設ける
- AI活用の窓口になる専任のリーダーを置く
- 業務と技術の両方の専門家でチームを組む
- クラウドの推進チーム(CCoE)がすでにあれば、そこにAIの役割を統合する。単独のAIチームは、既存のチームで支えきれない場合や重大なリスクがある場合に限って作る
- 初めは集中型で始め、活用が成熟したら、現場を支える助言型に移る
経済産業省と総務省の「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」も、既存の体制があれば、AI活用のために新しく体制を作る必要は必ずしもないとしています。
行政の例も参考になります。デジタル庁の「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン(第2.0版)」(2026年6月決定、同年9月1日施行)は、各府省にAI統括責任者(CAIO)を置き、生成AIの利活用を業務で積極的に進める役目と、ガバナンスの司令塔としての役目(利用状況の把握、リスク管理、職員の研修など)を同じ人に持たせています。CAIOにはデジタル化を統括する責任者級の職員を想定し、兼任も認めています。
ここから、1年目の体制は次の形が組みやすいと考えます。推進役(この記事の読み手)を中心に、情報システム部門(環境・権限・セキュリティ)、テーマを持つ業務部門(マーケティングや企画など)、法務・情報セキュリティの担当が兼務で加わり、その上に経営のスポンサーと定期報告の場を置く形です。マーケティングや企画の部門から推進役に就く人は、業務の知見を持っていることが強みになります。デジタル庁のガイドラインも、生成AIシステムを企画するときは、業務の知見を持つ人と生成AIの知見を持つ人が組む体制で進めることを、企画者の取り組みとして挙げています。
1年目の体制の組み方(当社の整理)
マイクロソフトのAI CoEの手引きと、デジタル庁のガイドライン(第2.0版)を参考に当社が整理
1年目の進め方:四半期ごとに何をするか
求人票に並んでいた業務と、公開資料が示す手順を1年の順番に並べ直すと、次のようになります。図は当社の整理で、会社の規模や既に使っているツールによって順番は前後します。
1年目の進め方(当社の整理。会社によって順番は前後する)
1〜3か月目
現状を知り、土台を置く
- 社内のAI利用の棚卸し
- 入力してよい情報の線引きと相談窓口の設置
- スポンサーと報告の場を決める
- 各部門への聞き取りでテーマ候補を集める
残すもの:AI利用の台帳、利用ルールの初版、テーマ候補の一覧
見る数字:利用者数とアクティブ率の現状値(期間の区切り方を決めて記録)
4〜6か月目
テーマを絞って試す
- 業務部門と組んで少数のテーマを試す
- 全員向けの基礎研修と部署ごとの実習
- ツールの設定と権限の整理
残すもの:テーマごとの試行結果、研修の資料
見る数字:テーマごとの処理時間・件数の前後比較、研修の受講状況
7〜9か月目
根づかせ、横に広げる
- 業務手順書への組み込み
- 事例の発信
- よく使う人を共有役にする
- 相談の多い論点をルールに反映
残すもの:業務手順書とプロンプト例、事例集
見る数字:部門別のアクティブ率と継続利用、利用者アンケート
10〜12か月目
評価し、次の年を決める
- 成果と課題の経営報告
- ルールと体制の見直し
- 次年度のテーマと予算の決定
残すもの:年間の報告、ルールの改訂版、次年度の計画
見る数字:業務の指標の年間の推移、相談とインシデントの件数
最初の3か月で棚卸しと相談窓口を置くのは、「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」が、AIガバナンスをこれから作る組織の準備として挙げている項目に沿っています。手引きが土台として勧めているのは、次の四つです。
- 組織内のAI利用を把握する仕組み:申請や定期的なアンケート・ヒアリングで、どの部門が、どんな目的で、どのAIを、どのデータで使っているかをつかみ続ける
- リスクを評価する体制:相談窓口を置き、相談が必要な使い方とセルフチェックでよい使い方を分ける基準を決める
- インシデントの報告体制:報告の窓口を決め、対応の手順を事前に検討し、予行演習もしておく
- 扱うAIの特性に応じたルールの策定と運用
報告の頻度は、スポンサーとの進捗確認を毎月、利用状況の全体像のとりまとめを四半期ごとにするのが一つの目安です。毎月の確認はマイクロソフトの手引きに、四半期ごとのとりまとめはデジタル庁のガイドライン(CAIOが生成AIの利用状況を一覧にまとめ、四半期に一度程度を目安に報告する)に倣っています。10〜12か月目の見直しは、経済産業省・総務省の「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」が勧める、環境・リスクの分析、目標の設定、仕組みの設計、運用、評価を繰り返し回す進め方(アジャイル・ガバナンス)の1周目に当たります。
人とAIの役割分担は「誤りの影響」「届く先」「人の確認」で決める
AI事業者ガイドライン(第1.2版)本編は、事業でAIを使う側について、人の判断を間に挟むことで予期しない事故を防げるとし、出力の精度やリスクを理解したうえで使うことを求めています。では、どの業務で、人の確認をどこまで厚くするか。ここで役に立つのが、デジタル庁のガイドラインがリスクの高さを見分けるために使っている三つのリスク軸です。生成物の誤りが重大な影響を及ぼしうる業務か(業務の性格)、誰が使うか(利用範囲)、出力の適切さを人が判断してから使うか(人の判断を経るか)の三つで、これを会社の業務に置き換えると次のように整理できます(置き換えは当社)。
相談に回すか、部署で進めるかの見分け方
誤りが及ぼす影響は大きいか
契約・価格・人事評価に関わる判断、健康や安全に関わる情報、法令の解釈
出力は顧客や取引先に直接届くか
文面・回答がそのまま社外に出る
人が確かめずに、そのまま使う設計か
自動送信・自動登録など
デジタル庁のガイドライン(第2.0版)のリスク軸(業務の性格・利用範囲・人の判断を経るか)を、当社が会社の業務に置き換えたもの
三つの問いのどれか一つでも当たる使い方は相談に回し、どれにも当たらない使い方は部署の判断で進めてもらう、という線の引き方です。先の手引き(案)も、すべての使い方を相談窓口に集めるのではなく、基準を決めて、相談が必要なものとセルフチェックでよいものを分けるよう勧めています。推進役が全件を審査する形にすると、推進役自身が詰まりの原因になります。マイクロソフトの手引きが、CoEの承認待ちや専門家への集中を、集中型から助言型へ移る合図として挙げているのも同じ理由です。
個々の業務では、手順書に「AIが担う範囲」「人が確かめること」「最後に決める人」を1行ずつ書いておくと、役割分担が口約束で終わりません。「DX動向2026」で、AIを導入・試験利用・検討している企業が挙げた用途の上位は、文書・音声の要約・翻訳・校正(82.5%)、文書・レポートの作成(80.5%)、情報の検索・収集・分析・レポーティング(77.0%)でした(図表3-9)。いずれもAIが下書きを作り、人が確かめて仕上げる形に乗せやすい業務です。
ガバナンスは禁止事項の一覧より「相談の線引き」と「台帳」から
「DX動向2026」では、AIを導入・試験利用・検討している企業のうち、全社的な社内ガイドラインやルールを定めているのは32.5%で、AIポリシーもガイドラインも定めていない企業が16.7%ありました(図表3-17)。AIや生成AIに固有のリスクマネジメントを実施している企業は14.2%です(図表3-18)。求人票でも、利用ルールやガバナンスを業務に書いていたのは10件中4件でした。
1年目のルールづくりで最初に決めたいのは、入力してよい情報の線引きです。個人情報保護委員会は生成AIサービスの利用に関する注意喚起(2023年6月2日)で、事業者に二つのことを求めています。個人情報を含むプロンプトを入力するときは、利用目的の範囲内かを十分に確かめること。本人の同意なく入力した個人データが、応答の出力以外の目的で扱われると法令違反になりうるため、提供事業者がそのデータを機械学習に使わないことなどを確かめること、です。AI事業者ガイドラインも、AIを使う事業者に、個人情報や機密情報を不適切に入力しないよう注意を払うことを挙げています。
そのうえで、前の節の三つの軸で相談の線を引き、AI利用の台帳と、相談・インシデントの窓口を置けば、禁止事項を並べなくても統制の土台ができます。ルールは一度で決めきる必要はありません。相談が集まった論点から改訂していくほうが、現場の実態に合ったものになります。
教育は「全員向け」と「推進役・よく使う人向け」に分ける
社員向けの研修に人材開発支援助成金を使う場合の、対象になる研修の条件と申請の順番は「生成AI研修に人材開発支援助成金を使うとき」で解説しています。
求人票では研修が10件中6件の業務に入っていましたが、研修の経験を必須にした求人はありませんでした。「DX動向2026」でも、生成AIの効果やリスクへの理解不足(45.8%)が課題の上位にあり、AIの影響を踏まえた人材の育成・確保では、効率化や自動化が見込まれる既存業務の把握に着手している企業が19.0%、そのほかの項目は1割に満たない状況です(図表4-13)。教育を組み立てる骨組みが社内にないことが多いので、公的な標準を借りるのが近道です。
経済産業省とIPAのデジタルスキル標準は、すべてのビジネスパーソン向けの「DXリテラシー標準」と、DXを推進する人材向けの「DX推進スキル標準」の二つでできています。生成AIの普及を踏まえた改訂が2023年8月と2024年7月に行われ、2026年4月に公開されたver.2.0では、データサイエンティストの類型にAIの実装・運用やAIガバナンスなどのスキルが加わり、データの整備を担う「データマネジメント」の類型が新しく設けられました。この二層に合わせて、社内の教育も分けると組みやすくなります。
| 対象 | 中身の例 | 拠りどころ |
|---|---|---|
| 全員 | 入力してよい情報、出力の確かめ方(根拠・事実関係・偏り)、得意なことと苦手なこと | DXリテラシー標準、AI事業者ガイドラインのAI利用者向けの項目 |
| 部署ごと | 自部署の業務を題材にした実習、使えるプロンプトや手順の共有 | IPA「テキスト生成AIの導入・運用ガイドライン」の教育方法 |
| 推進役・よく使う人 | ルールの運用と相談対応、効果の測り方、社内データの扱い | DX推進スキル標準(ver.2.0で加わったAIガバナンスなどのスキル) |
IPAの「テキスト生成AIの導入・運用ガイドライン」(2024年7月、産業サイバーセキュリティセンター中核人材育成プログラムの受講者によるプロジェクトの成果物)は、利用者への教育として、利活用ガイドラインの周知、効果的なプロンプトの共有、日報のような日常業務に生成AIを組み込むこと、有志が活用法を探って共有するチームづくりを挙げています。誰に何を教えるかは、利用のデータで決められます。GoogleのGemini使用状況レポートの説明は、生成AIを最も使いこなしているユーザー(ほかの人と共有できるヒントや手順を持っている可能性がある人)と、研修などの資料が役に立ちそうな導入率の低いユーザーを見つけることを、レポートの使いみちとして挙げています。前者を部署の相談役に、後者を部署ごとの実習の対象にすれば、教育の対象をデータで選べます。
生成AI活用推進のKPIは「利用」「業務」「事業」に分けて置く
「業務」と「事業」の数字を、使い始める前に測っておき、使わない班を残して比べる設計は「生成AIの導入効果の測り方」で解説しています。
冒頭で触れたとおり、「DX動向2026」では、DXに取り組む企業のうち成果指標を定めているのは23.9%でした(図表2-14)。定めていない理由は「評価指標の設定方法がわからない」が36.0%で最も多く、前年度調査の28.7%から上がっています(図表2-16)。指標を定めている企業でも、指標の対象として最も多いのは、社内の効率化を指す内向きの業務改革(80.0%)です(図表2-15)。AIの効果が業務の効率化・迅速化に偏っている(91.6%)ことと合わせると、1年目のKPIは、まず社内の変化を確実に測り、事業への効き目は測れるテーマに絞って追う、という置き方が無理のないところです。
マイクロソフトの手引きは、AI CoEの責任の一つに成果の測定と報告を挙げ、主要業績評価指標の例として、導入率、コンプライアンスの水準、プロジェクトのサイクル時間を示しています。これも踏まえて、見る数字を、使われているか(利用)、業務が変わったか(業務)、事業に効いたか(事業)の3段に、ルールが守られているかを加えて整理すると次のようになります。目標値は、最初の数か月の実測値を見てから決めます。
見る数字は3段+ルール(目標値は、最初の数か月の実測を見てから決める)
1段目使われているか
アクティブ率(使った人÷使える人)、部門別の利用、続けて使っている人の割合。取り方:各製品の管理画面のレポート
注意:分母がライセンスを持つ人か全社員か。期間が直近の日数か暦月か
2段目業務が変わったか
テーマごとの処理時間・件数、手戻りや誤りの件数、利用者の実感。取り方:試行の前後での計測、利用者アンケート
注意:前後で同じ業務・同じ長さの期間を比べる
3段目事業に効いたか
テーマに結びつく売上、問い合わせ対応の時間、顧客満足など。取り方:業務部門が既に追っている指標につなぐ
注意:AI以外の要因でも動くので、比べる相手(導入していない部署や期間)を先に決めておく
別枠ルールが守られているか
台帳の登録件数、相談件数、インシデントの件数、研修の受講状況。取り方:台帳と窓口の記録
相談件数が増えるのは、窓口が使われているしるしでもある
当社の整理。マイクロソフトのAI CoEの手引きが挙げるKPIの例(導入率・コンプライアンスの水準・サイクル時間)も踏まえた
1段目の数字は、各製品の管理画面で取れます。Microsoft 365 管理センターのCopilotの使用状況レポートでは、ライセンスを持つ「有効なユーザー」、Copilotの機能を使った「アクティブ ユーザー」、その割合である「アクティブ ユーザー率」を、直近7・28・90・180日の期間で確認できます。ある日の利用は、通常その日の終わりから48時間以内にレポートに反映されます。GoogleのGeminiの使用状況レポートは、Geminiを使っているユーザー数と、Geminiの機能を含むライセンスを持つユーザーに占める割合を示し、最新のデータが表示されるまでに2〜3日かかることがあるとしています。AnthropicのClaudeの使用状況分析は、週間のアクティブメンバーなどの利用の指標に加えて、利用者に製品の中で短い質問を出し、体験を尋ねるアンケートの機能を備えています。
ここで注意したいのは、アクティブ率の分母が、ライセンスを割り当てた人だという点です。最初は希望者にだけライセンスを配ると、全社員に対する利用の広がりより高い数字が出ます。期間も、管理画面の「直近28日」と経営報告の「9月分」では窓が違います。月次で報告するなら暦月で取り直すか、毎回同じ窓で比べると決めておくと、数字が集計の仕方の違いで動くのを防げます。
2段目は管理画面だけでは取れません。IPAの「テキスト生成AIの導入・運用ガイドライン」は、業務効率化の効果は定量的に評価しにくい面もあるとしたうえで、導入前後の残業時間の推移を参考にすることや、アンケートで効果を確かめることを挙げています。テーマを決めたら、試行を始める前に対象業務の処理時間や件数を測っておくと、あとで比べられます。
推進役自身の活動量(研修の回数、発信した事例の数、相談への対応件数)は、成果とは別の欄で報告します。活動の数字は増やしやすく、成果の代わりに見えてしまうからです。
求人票の分解を、自分の役割の定義に使う
最後に、この記事の図を自分の役割の定義に使う方法を書いておきます。業務の九つのまとまりを、自分が持つもの、情報システム部門・業務部門・法務が持つもの、まだ誰も持っていないものに分け、スポンサーと合意しておく。求人票で手薄だった効果測定と教育は空いたままになりやすいので、最初の合意に入れておく。1年目の終わりに、AI利用の台帳、利用ルール、研修の型、業務手順書と事例、KPIの推移、次の年の計画が手元に残っていれば、2年目は集中型から助言型へ移る話を始められます。
Aurant Technologiesでは、社内の推進役の育成を含むAI活用支援と、現場の業務を題材にしたAIセミナーで、こうした1年目の立ち上げのご相談をお受けしています。
AI活用支援
Claude・ChatGPT・Gemini・Copilotのどれをどの業務に使うかの見極めから、社内のAIチャット環境、権限と情報の扱いの設計、MCPやAPIでの既存システム連携、研修・伴走までを支援します。
