公立病院の経営と会計を見える化する――経営強化プラン・繰入金・病床機能を貫く視点
総務省の公立病院経営強化ガイドラインを起点に、繰入金と病院事業会計の構造、病床機能・医師確保が財政に与える影響、経営指標のBI可視化までを公立病院に特化して整理します。
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公立病院の経営は、いま「赤字か黒字か」という単年度の損益だけでは語れない局面に入っています。地域医療を担う使命を背負いながら、医師確保、病床機能の分化、そして一般会計からの繰入金への依存という構造的な課題を同時に抱える――それが公立病院の経営企画や事務局に求められている現実です。本記事では、総務省の「公立病院経営強化ガイドライン」を起点に、繰入金と会計構造、病床機能や医師確保が財政に与える影響、そして経営指標をどう「見える化」して意思決定につなげるかを、公立病院に特化して整理します。
なお、水道・交通も含めた地方公営企業全体の会計概況については地方公営企業(水道・病院・交通)会計の今を、全業種にまたがる経営戦略の立て方は公営企業の経営戦略とBI活用を参照してください。本記事はそれらの横断論ではなく、病院事業の固有事情に絞って掘り下げます。
公立病院経営強化ガイドラインが求めるもの
総務省は2022年(令和4年)3月、「持続可能な地域医療提供体制を確保するための公立病院経営強化ガイドライン」を策定し、各地方公共団体に通知しました。これは平成27年の「新公立病院改革ガイドライン」に続くもので、新公立病院改革プラン(標準対象期間は令和2年度まで)の後継として、各団体に「公立病院経営強化プラン」の策定を求める内容です(出典:総務省「公立病院経営強化」https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/c-zaisei/hospital/hospital.html)。
従来の改革プランが「再編・ネットワーク化」や「経営効率化」を前面に出していたのに対し、経営強化プランはタイトルどおり「経営強化」に軸足を移しています。新型コロナウイルス感染症への対応を通じて、感染拡大時に備えた平時からの体制整備が不可欠だと認識されたことも、策定の背景にあります。プランは令和4年度または5年度中に策定することとされ、計画期間は策定年度からおおむね令和9年度までを標準としています。
経営強化プランの6つの柱
ガイドラインが各団体に求める経営強化プランの記載事項は、大きく次の6つに整理できます。
- 役割・機能の最適化と連携の強化:地域医療構想や地域包括ケアシステムを踏まえ、当該病院が果たすべき役割・機能を明確化し、機能分化・連携を進める。基幹病院と不採算地区病院などの役割分担を含みます。
- 医師・看護師等の確保と働き方改革:医師・看護師等の確保、特に不採算地区病院等への医師派遣の強化、そして医師の働き方改革(時間外労働の上限規制)への対応。
- 経営形態の見直し:地方公営企業法の全部適用、地方独立行政法人化、指定管理者制度など、経営の自律性を高める形態の検討。
- 新興感染症の感染拡大時等に備えた平時からの取組:病床確保や設備、人員体制を平時から準備しておくこと。
- 施設・設備の最適化:施設・設備の適正管理と、整備費・更新費の抑制。
- 経営の効率化等:経営指標に係る数値目標(収支改善・収入確保・経費削減等)を設定し、その達成に向けた具体的な取組を計画に位置づける。本記事のテーマである可視化は、この項目を実務で回すための土台になります。
これら6項目は相互に独立しているわけではありません。たとえば医師確保が進まなければ病床稼働率が下がり、病床機能の見直しを迫られ、結果として施設規模や繰入金の水準にまで波及します。経営企画の立場からは、6つの柱を「別々のタスク」としてではなく、財政シミュレーション上でつながった一連の変数として扱うことが重要になります。
繰入金と病院事業会計――独立採算という建前と現実
公立病院は地方公営企業として運営され、原則として独立採算が求められます。しかし実態として、多くの病院が一般会計からの繰入金(繰出金)を受けています。これは放漫経営の結果ではなく、制度上想定された仕組みです。
地方公営企業法第17条の2・第17条の3は、一般会計が負担すべき経費として、(1)その性質上、当該公営企業の経営に伴う収入をもって充てることが適当でない経費、(2)能率的な経営を行ってもなお、その経営に伴う収入のみをもって充てることが客観的に困難であると認められる経費、(3)災害の復旧その他特別の理由により必要となる経費、を定めています。救急医療、小児・周産期医療、へき地医療といった「不採算だが地域に不可欠な医療」を担うための財源として、繰入金は法的根拠を持って投入されているのです。
したがって公立病院の経営評価では、「繰入金を受けているから不健全」という単純な見方は適切ではありません。問題は繰入金の有無ではなく、(a)繰入金の範囲が法に定める基準(基準内繰入)に収まっているか、(b)基準を超える繰入(基準外繰入)にどれだけ依存しているか、(c)所定の繰入を前提として経常収支がどうなっているか、という構造の側にあります。
「経常収支比率100%」という現実的な到達点
総務省の経営指標の考え方では、公立病院が良質な医療を提供し続けるためには、一般会計から所定の繰出が行われたうえで経常収支比率100%(経常黒字)を早期に達成し、これを維持することが、持続可能な経営の一つの目安とされています(出典:総務省「経営指標の概要(病院事業)」https://www.soumu.go.jp/main_content/000864711.pdf)。
ここで注意したいのは、所定の繰入を含めてもなお経常赤字に陥っている病院が一定数存在する、という点です。総務省の決算統計(地方公営企業決算状況調査等)によれば、令和4年度の公立病院では黒字病院が562病院(約65.9%)、赤字病院が291病院(約34.1%)でした(出典:総務省「病院事業決算状況・病院経営比較表(令和4年度)」https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/c-zaisei/hospital/kessan-bunseki/R04.html。地方独立行政法人を含む)。およそ3分の1の病院が、繰入を受けてなお収支均衡に届いていない計算になります。
この数値は新型コロナウイルス感染症対応に伴う補助金の影響を強く受けた年度のものであり、補助金が縮小・終了した後の経営状況は、より厳しく評価する必要があります。単年度の黒字・赤字に一喜一憂するのではなく、補助金等の特殊要因を除いた「実力ベースの収支」を把握することが、経営企画の出発点になります。
病床機能・医師確保が財政に与える影響
公立病院の収支は、診療報酬という外部要因と、病床機能・医師数という内部要因の掛け合わせで決まります。とりわけ次の3点は、財政シミュレーション上で大きな振れ幅を生みます。
病床機能の分化と稼働率。 地域医療構想のもとで、高度急性期・急性期・回復期・慢性期の各機能をどう配分するかは、病床1床あたりの収益性に直結します。急性期病床を維持するには医師・看護師の手厚い配置が必要で、稼働率が一定水準を下回ると、人件費が収益を圧迫します。逆に回復期や地域包括ケア病床への転換は、稼働を安定させる一方で1床あたり単価は下がります。どの機能を何床持つかは、医療政策であると同時に財政設計そのものです。
医師確保のコストと収益効果。 医師1人の確保は、その診療科の稼働、手術件数、入院単価を左右します。不採算地区病院では医師派遣が経営の生命線であり、派遣が途絶えれば一気に収益が落ち込みます。医師の働き方改革(時間外労働の上限規制)への対応も、宿日直体制や応援医師の確保を通じて人件費構造に影響します。医師確保は「人事の問題」であると同時に「最大の収益変動要因」として財政計画に織り込む必要があります。
DPC等の診療実績と収益構造。 DPC対象病院では、入院期間や診療内容に応じた包括評価が収益を左右します。在院日数の適正化、紹介・逆紹介の状況、地域連携の度合いといった臨床指標が、そのまま会計上の数値に反映されます。臨床部門が持つデータと、会計部門が持つ数値を切り離したままでは、改善の打ち手が見えてきません。
経営指標を「見える化」して意思決定につなげる
ここまで述べた繰入金構造、病床機能、医師確保は、いずれも複数の部門・複数の会計年度にまたがる情報です。経営企画や事務局がこれらを束ねて意思決定するには、データが部署ごと・帳票ごとにばらばらに存在している状態から脱却する必要があります。
多くの公立病院では、医事システム、財務会計システム、人事給与システム、そして総務省提出用の決算統計が、それぞれ別の様式・別のタイミングで作られています。月次の経営会議で「先月の収支」を共有するころには、すでに打ち手のタイミングを逃している、という声は少なくありません。
そこで有効なのが、これらのデータを一つの基盤に集約し、経営指標として可視化(BI=ビジネスインテリジェンス化)する取り組みです。具体的には次のような指標を、月次・診療科別・病床機能別に追えるようにします。
- 経常収支比率・医業収支比率(補助金や繰入金の影響を分離して表示)
- 病床利用率・平均在院日数・病床機能別の収益性
- 診療科別の医業収益と人件費、医師1人あたりの収益貢献
- 繰入金の基準内・基準外の内訳と、その推移
- 経営強化プランの目標値と実績の差異
重要なのは、これらを「決算後に振り返る資料」ではなく「翌月の判断に使える先行情報」として整えることです。経営強化プランで掲げた目標値(経常収支比率、病床利用率、職員給与費対医業収益比率など)と実績を並べて差異を可視化すれば、プランが「策定して終わり」の文書ではなく、年度途中で軌道修正できる経営ツールになります。
予算編成・予実管理との接続
経営指標の可視化は、年度の予算編成と予実管理に接続して初めて実務的な価値を持ちます。病院事業会計の予算は、一般会計の財政運営とも密接に関わるため、繰入金の見込みを早期に固めることが、自治体全体の予算編成にも資します。
この「使途の妥当性検証から予算・実績の管理までを一気通貫で見える化する」という考え方は、病院事業に限らず自治体経営全般に共通するテーマです。財源の使途と予実をデータで結びつける具体的な進め方については、財源の使途・予実管理を可視化する自治体経営の実践ガイドで体系的に整理しています。病院事業の経営企画担当者にとっても、一般会計側がどのような予実管理の枠組みを持っているかを理解しておくことは、繰入金協議を円滑に進める助けになります。
また、病院事業を含めた自治体全体のデジタル化・データ活用の全体像については自治体DXの完全ガイドを、財源と予実を起点にした可視化サービスの概要は予実管理・財源可視化のサービスページもあわせて参照してください。
まとめ――「見える化」は経営強化プランを動かす前提
公立病院の経営は、独立採算という建前と、地域医療を担うための繰入金という現実のあいだで、繊細なバランスを取り続ける営みです。総務省の経営強化ガイドラインが求める6つの柱――役割・機能の最適化、医師確保と働き方改革、経営形態の見直し、感染症への備え、施設・設備の最適化、経営の効率化――は、いずれも財政データと臨床データの両方を見なければ判断できません。
赤字病院が約3分の1を占めるという足元の現実(令和4年度)と、コロナ補助金縮小後のより厳しい環境を前提に、まず取り組むべきは、ばらばらのデータを束ねて経営指標として可視化し、経営強化プランの目標と実績を年度途中で照らし合わせられる状態をつくることです。「見える化」は目的ではなく、経営強化プランという計画を実際に動かすための前提条件だと言えます。