顧問先の会計データを AI に渡すとき、税理士事務所が先に決めること
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記帳代行や顧問先を多く抱える事務所ほど、AI で記帳を速くしたい動機は強いはずです。月初の山を崩す、担当者ごとのばらつきを抑える、人手が足りない分を補う——どれも切実です。
ただ、事務所が扱っているのは自社のデータではなく、顧問先から預かったデータです。そこには法律上の守秘義務があり、「どう扱ったか」を顧問先に説明できる責任もあります。AI を記帳に挟むと、この二つ——守秘と説明責任——が、いちばん揺らぎやすくなります。速さの前に、ここをどう守るかを決めておきます。AI に渡す情報を絞るという土台の考え方は、こちらの記事で扱っています。
いちばんの問題は「顧問先データの混線」
ありがちな配線は、顧問先ごとのトークンと明細を一つの作業ディレクトリにまとめ、「この顧問先の今月分を分類して」と AI にそのまま渡す形です。速くはなります。けれど、複数の顧問先のトークンや明細が同じ場所・同じ AI のコンテキストに乗ると、二つの問題が出ます。
一つは、A 社の情報が B 社の判定の文脈に混ざり得ること。もう一つは、誰の・どの情報が・どこまで AI や連携先に渡ったのかを、後から説明できなくなることです。預かりものを扱う以上、「混ざらないこと」と「説明できること」は、速さと同じ重さで要求されます。
「速くなった」だけでは、説明責任を果たせない
税理士には、法律で守秘義務が課されています。顧問先に対して「あなたのデータは、こう扱いました」と言えることまでが、記帳代行の品質です。AI がブラックボックスのまま仕訳を返すと、速くても、この説明ができません。
ここで効くのが、「何を AI に渡し、何を渡さなかったか」を自分で説明できる状態にしておくことです。渡したのは正規化した摘要だけで、口座番号や取引先の正式名は渡していない——そう言い切れる設計なら、守秘義務とも両立します。逆に「とりあえず全部投げた」だと、説明のしようがありません。
渡す前に、三つを分けておく
預かったデータを AI に渡す前に、最低限この三つを分けます。
一つ、テナントの分離。顧問先ごとに、データ・ルール・権限・AI 予算を分ける。A 社の作業が B 社に影響しない構造を、運用ルールではなく仕組みで持ちます。
二つ、渡す情報の最小化。AI に必要なのは、たいてい「仕訳ルールを書くための摘要や構造」であって、顧問先の実取引行そのものではありません。マスクした最小限で足りないか、まず疑います。
三つ、証跡。どの明細を、どの段階(マスター/ルール/AI)で、なぜそう確定したかが残れば、顧問先への説明にも、内部のレビューにもそのまま使えます。
ありがちな失敗と、その直し方
ある事務所では、顧問先ごとの freee トークンと口座明細を一つの作業フォルダにまとめ、AI にそのまま渡していました。月次は速くなったものの、ある顧問先から「うちのデータはどこまで外部に渡ったのか」と問われたとき、誰の何がどこまで渡ったかを、記録から再構成できませんでした。守秘義務を負う立場で、これは速さの価値を打ち消します。
私たちが社内で記帳の自動化を整えたときは、顧問先ごとに環境を分け、AI に渡すのはマスク済みの摘要だけにしました。実明細はサーバー側に置いたまま、AI には判定だけをさせ、どの明細をどう確定したかのログを残す。「混ざらない」と「説明できる」を仕組みで担保すると、担当者の注意力に頼らずに守秘を保てます。
税理士事務所がAIに顧問先データを渡す前の3ステップ分離設計
「AIが便利なのはわかるが、顧問先Aのデータが顧問先Bに混線する事故を起こしたくない」——税理士事務所が最初に突き当たる壁です。この章では、AIに顧問先データを安全に渡すための具体的な設計手順を整理します。
ステップ1:データ分離の3層を明確化する
顧問先データの混線は、「どの層で分離するか」が曖昧なまま運用を始めたときに起きます。以下の3層を明確に定義します。
| 分離層 | 内容 | 実装例 |
|---|---|---|
| 認証・アクセス制御層 | 誰が誰のデータにアクセスできるか | freee/MF APIトークンをクライアントごとに別管理・共有ログイン禁止 |
| データ保存層 | 顧問先データをどこに・どう保存するか | クライアントごとにフォルダ分離・クラウドストレージのアクセス権を個別設定 |
| AI処理層 | AIが処理するときに何を見せるか | コンテキストウィンドウに他社データを混在させない・会話履歴をクリアする |
ステップ2:freee・マネーフォワードの「事業所」単位でトークンを分離する
freeeでは1ユーザーが複数の「事業所」(顧問先)にアクセスできます。この仕組みを使って作業するとき、最も多い事故のパターンは「スコープを絞らずにAPIトークンを使い回す」ことです。
安全な設計:
- 顧問先ごとに専用の連携アカウント(freee事業所メンバー)を作成し、そのアカウントのトークンのみ使用
- スコープは最小権限(仕訳読み取りのみ必要なら
journal:readのみ付与) - トークンは事業所ごとにシークレットストアで別管理(AWS Secrets Manager等)
- AIへの受け渡しは「当該顧問先分のみ取得して渡す」1アクション単位で完結させる
マネーフォワード クラウドも同様に、顧問先法人ごとにAPIアクセス権限を設定できます(ただし事務所向けMFクラウドの仕様はMFクラウドの公式ドキュメントを確認してください)。
ステップ3:AI(Claude/ChatGPT等)への渡し方ルール
大規模言語モデルは「コンテキスト内にある情報」を参照します。顧問先Aの会話の後に顧問先Bの質問をすると、残っているAのデータをBに使ってしまうリスクがあります。
実務ルール:
- 顧問先が変わるたびに新しいチャットセッションを開始する:Claude.ai・ChatGPTとも、前の会話の文脈を引き継がないよう新規チャットで開始
- 「この会話では顧問先〇〇社のデータのみを扱う」とシステムプロンプトに明記する:Claude APIやClaude Codeを使う場合、プロンプトに事業所IDや顧問先名を冒頭で指定
- バッチ処理では顧問先単位でループを分ける:複数顧問先を一括処理するコードでは、顧問先ごとにAPI取得→AI処理→結果保存をセットで完結させ、顧問先をまたいでデータをメモリに保持しない
説明責任を果たすための記録:AIが何を見てどう判断したかを残す
「速くなった」だけでは、顧問先からのクレーム対応や税務調査で説明責任を果たせません。AIが自動化した処理には、以下の記録を残すことを事務所ポリシーとして明文化します。
- 入力データの記録:AIに渡した仕訳データ・請求書の期間・件数
- AI判断の記録:AIが提案した勘定科目・摘要の根拠(ログファイル等に保存)
- 人間の確認記録:担当者がAI提案を承認/修正した日時とその内容
これはクライアントへの説明責任だけでなく、AI判断の品質を継続的に改善するための材料にもなります。AurantのRuleHubでは、このような「AI判断ログの管理と事務所ポリシー設定」をMCPプロトコル経由でfreee/MFと統合する仕組みを提供しています。
仕組みで守ると、属人化も消える
これを手作業の規律で守り続けるのは、顧問先が増えるほど難しくなります。だから私たちは RuleHub で、顧問先(テナント)と事業所ごとにデータ・ルール・権限・AI 予算を完全に分離し、AI に渡すのは最小限の摘要だけ、トークンや明細はサーバー側の統制下に置いたままにしています。どの明細をどの段階で確定したかの証跡も残るので、顧問先への説明にもそのまま使えます。「顧客の資産を AI に渡さない」を、提案の強みにできる——記帳代行を、ただの作業から事務所の資産に変える設計です。
実際にこの形で記帳代行を回しているのが、田村直大公認会計士・税理士事務所です。AIに渡すのは正規化済みの摘要だけ、口座番号や実明細はサーバー側に置いたまま、約500件の共通ルールで仕訳を判定する——顧問先のデータを預かる立場のまま、記帳の自動化率を段階的に最大95%へ、月次決算を5営業日から0.5営業日へと縮めています(導入インタビュー)。
渡す前のチェック
- 顧問先ごとに、データ・トークン・ルール・予算を分離しているか
- AI に渡しているのは、マスク済みの摘要など最小限か(実明細を丸ごと渡していないか)
- 「誰の・どの情報が・どこまで渡ったか」を後から説明できる記録が残るか
- 一つの AI コンテキストに、複数顧問先の情報が同時に乗っていないか
- 顧問先に「あなたのデータはこう扱った」と言い切れる状態か
速さは、説明できてはじめて価値になります。預かったデータをどう渡すかを先に決めておけば、AI の速さは、守秘や説明責任と無理なく両立します。
freee × kintoneの会計データをClaude Codeで安全にAI活用する設計
顧問先のfreeeやマネーフォワードから取得した会計データをAIに渡す際は、Claude Codeを活用することでAPIアクセスを最小権限に絞りながらデータの前処理・匿名化を自動化できます。kintoneに「AIへのデータ提供台帳」を構築し、どの顧問先のどの期間のデータをいつAIに渡したかを記録することで、税理士法上の秘密保持義務への対応と内部監査の証跡を同時に整備できます。Claude Code × MCPサーバー構成ではfreee API・マネーフォワードAPI・kintone REST APIを組み合わせた「属人化しないAI活用パイプライン」を内製でき、事務所全体での安全なAI記帳・分析基盤が構築できます。
経理・会計DXと仕訳/請求/債権自動化のご相談
仕訳・請求・入金消込・債権管理といった経理業務の自動化と、会計データの可視化までを一気通貫で支援します。ツール選定や既存運用の見直しについて、導入前後のセカンドオピニオンとしてもご相談いただけます。